気づきそして”感謝”の最近のブログ記事
ブログを欠かさず更新していこうと決めていたのに、気づいたら最後の更新からあと少しで1ヶ月になろうとしていてびっくりです。
月日が経つのがなんと早いこと。
でもこの数ヶ月は激動の月日でした。
様々な問題が起きて、それを一つずつ解決して。
4月の桜の時期には、長い冬のトンネルを抜け出したような気さえしました。
ようやく開発された潜在意識を拡大する方法を3月4月のセミナーで学んだときには、"これだ!これこそが私が望み続けたものだ!"と光が見えた気がしました。
人は、困難が難しければ難しい程、それを乗り越えたときの嬉しさは、心が震えんばかりものです。
待ち続けた教えは、これからの私の心の指針となるし、将来、目の前に現れる壁を乗り越えるための力となってくれることになるでしょう。
教えを学ばせていただけることに心から感謝します。
先日、この冬大学受験をようやく終わった娘が塾の友人で同じ大学に通う事になったお嬢さんを我が家に招待しました。
久しぶりに友人を連れてきた娘と友人のお嬢さんの会話に母としては、興味しんしんで一緒に食事をしながら受験勉強中の塾での出来事を聞いてみました。
二人がしみじみと話す会話でした。
「新聞奨学生の門下生(浪人生)の先輩は夜中に働くから大変だったよね。先生も彼らには頭が下がると言っていたよ。」と話します。
「でも校長先生も凄いよね」
「本当に。毎朝5時にジョギングして、寮の塾生に声かけて皆を起すんだよね。1日も欠かさずやっているらしいよ」
「先生達が校長先生は素晴らしい人だから、先生のためだったらって話してたよ」
二人とも校長先生をとても尊敬していると言います。
子供の見本となれる大人が少ないこの時代です。
まして、塾の先生となると子供達に勉強を強要するばかりに嫌がられることも多いはずです。
ところが、校長先生は、勉強だけでなく生活面でも子供達のことに気を配り、大学合格まで指導してくださったようです。
大人は、つい口うるさく子供に勉強だ、何だと言いがちですが、校長先生のように自ら実践をしている姿は、言葉で言うより何倍も子供達に伝わるのかもしれません。
二人とも大学に行っても、この塾に手伝いに通いたいと話していました。
子供にとって勉強に通っていたはずの塾でしたが、縁によって勉強以外のことも沢山学んだようです。
経済的に成功して豊になった人々のことや理想の相手と出会って結婚できた人を勝ち組と表現したりしたようです。
「勝ち組」という言葉の語源をネットで検索してみると、第二次世界大戦後に日系移民社会で情報の不足から日本が戦争に勝ったと信じていた人々のことを「勝ち組」と呼ばれ、日本が負けたと思っていた人たちは「負け組」と言ったようです。
今ではその言葉は、主に経済的に成功したときに使っています。
ところで、「成功」とか「幸せ」ということって何だろうと疑問に思います。
私達日本人はとても恵まれているので、成功して金持ちになると心も豊かになると思う事が多いわけです。
私たちが言う、「成功」「不幸」、「勝ち組」「負け組」などという言葉は全て、経済的なことを基準としていて所詮、物質的なものです。
人間は、物質的なものが満たされても必ず、また次、また次と欲を出します。いつまで経っても満たされることがないのです。
それから、大震災から1年経って日本の状況をみると地震、 原発、経済など沢山の不安にさらされていることを凄く感じます。
もし不幸ということがあるとすれば、今の日本人全体が不幸な状態にあるし、日本全体が負け組になってしまうのかもしれません。
しかし、こんな困難な状況だからといって本当に私たちは不幸な負け組なのでしょうか?
困難な状況であっても何か希望を見出していこうとする人々がいます。
東北の人々の顔をテレビでも度々みますが、苦しい状況であっても決して不幸だというお顔はされていないし、逆にとても力強い顔をされていることもあります。
成功したい勝ち組になりたいと、必死にもがいて、いつまで経っても物質的にも心も満たされない毎日を送るよりも、自分のやるべきことに目覚めて一生懸命に生きていけたら美しい日々が送れる気がします。
私たちには、そんな力が備わっているのです。
東北大震災で発生した瓦礫の処理が問題になっている。
山積みになった瓦礫の山を見るたびに胸が痛む。
私達は、一生を送る間に沢山の思い出をつくる。
家族や友達、学校、職場の人々との素敵な思い出。
子供の頃に家族と出かけた思い出の写真。
学校の入学、卒業、成人式などの記念日の写真やビデオ。
いつも身につけていた服。
家族と暮らした家、長年通った学校や会社などの建物。
沢山の思い出の物を持つ。
東北地方の方々は、そんな思い出の品々が一瞬にして瓦礫となってしまった。
テレビで、曾祖母、祖父母、両親、妹の家族7人をこの地震で無くした高校生が、自宅があった場所の瓦礫の中から両親や家族の思い出の品々を拾い集めているシーンが放送された。
この子が、「これは私の宝」と言う。
そんな姿が胸を打つ。
被災者にとって、瓦礫は、屑ではなくてまさに思い出の宝なのだ。
瓦礫に想いを込めて処理させていただくことができるような社会になっていかなければならない。
今日は、朝一番に田舎の父に感謝の電話をしました。
亡くなった母には、手を合わせ心からのお礼を捧げました。
誕生日というと周囲の方々から祝っていただくものと思っているのです。私もそう思っていました。
でも、考えてみると両親がいたから私が存在しているし、両親が生んでくださったから私があるのです。
そう考えると、誕生日は両親に感謝する日。
渡邉先生も毎年両親への感謝を続けている、と教えていただいてから私もそうするようになりました。
こうして両親にお礼を伝えてみると、まだまだ両親の苦労に報いていない自分がいることを感じます。
今日から気持ちを新たに成長していきたいと深く深く感じています。
セミナーの後に、食事会が行われました。
その席でのことです。
セミナーの中心でもあるし、生きるための中心でもある「中心」を教わることができたこの日でした。
「今日まで、本当に苦しかった。でも続けてこれたのは、ずっと信じて一緒に学んできてくださった皆さんのお蔭です」
心からの感謝の気持ちを伝えさせて頂きました。
4年前、生きる事に苦しみ、親や周囲に反発してきた彼女が言ってくれたのです。
「いてくださったから私も頑張れました」
嬉しかった。
師匠に、「裏切られながら独り残った。地獄だったに違いないが頑張った」と労っていただいた。
意識世界は奥深い。まだまだ学び途上の私です。
でもきっと共に学んでくださる方々に支えて頂きながら、一つ一つ達成できると信じています。
皆さん、本当にありがとうございます。
その人の口癖は、「私は本当に幸せな人生だったわ。だから何も想い残す事などないのよ。いつ死んでも構わないわ。感謝、感謝」
本当にそうなのだろうか?
何の後悔もないの?
「幸福な人生を送れたのも、亡くなったご主人や両親からたくさんの愛や幸せを頂いたからですね」
「その頂いたものを誰かにお返しできましたか?」
「頂いた幸せを独り占めして、下さった方々はどう思われるでしょうね?」
頂いた幸せは沢山の方々にお返ししなければいけません。
頂いた幸せは人の役に立てなければいけません。
これが宇宙の法則
これが本物の感謝
こんな話をさせていただいた翌日からその人は"自分だけが幸せだわ"とは言わなくなりました。
代わりに「どうやってお返し出来るかしら」と本気で探し始めています。
その高齢のご婦人は、「歩く練習をしたいのよ」とふらつく足を杖で支えながら懸命に歩いていました。
3度もの心臓の大手術を受けたその身体は一人で遠くに行く事さえままならないほど、彼女の身体を弱らせていました。
「好きな人に逢いたいのよ」
「だから一人で遠くまで歩いていけないとね・・・」
「お父さんには悪いけど、好きになったんだものしかたないよ!」
と優しい目をしながら話してくれました。
身体は病に冒されても、心が積極的であれば、病もどこかに吹き飛び不自由な身体さえも自由に動くようになるでしょう。
彼女の心を支える "恋"
七夕の夜、二人が出逢えることを願っています。
以前に看護師をしていたときのことです。
その方は、交通事故で脳挫傷と頸椎損傷が原因で、脳の高次脳機能障害と腕から下が麻痺してしまい全く歩けない状態でした。
初めてその方に逢った時、
「暴力、暴言、セクハラ、唾を吐くなどがあり、なかなかケアをするのも一苦労」という申し送りでした。
さて、どんな方なのか、きちんと処置ができるのかと不安半分でベッドサイドを訪れたのです。
私の顔をみた彼は開口一番
「なんだ!ババアじゃないか。何の用だ?」と大声を張り上げます。
「木村です。よろしくお願いします!」
「このくそババア!歳は幾つだ?30か?50か? でもババアだ!!」
などと益々大声で騒いでいます。
側にいた家族を力一杯両腕を振り上げて叩いています。
「おや、おや、それでは血圧も測れませんね。体温計は入れて下さいね。それに私はそんなにババアではありませんよ〜」と言いながら、これでは腕は静かにしてくれそうもないので足で脈と血圧を測定しました。
処置をするのにどうしても腕を静かにしていただかないと危険なので、腕を抑えると力比べのように私の腕をひっぱります。
そして腕が使えないとわかると、口一杯に唾液を蓄えて私の顔をめがけ吐きかけてきます。
唾をひょいひょいとよけて処置をしながら
「避けるの上手いでしょ〜。でもやりにくいからちょっと唾は止めてくださいらないかしら〜」と言うとこれまたよけいにエキサイトする始末です。
格闘すること30分
ようやく処置も終わり、再び血圧を測ろうとお願いをしてみました。
「血圧測りたいけど、腕をおとなしくしてくれるかしら?」
するとあっさりと
「いいよ!」
腕で血圧を測る間も暴言を吐きながら反対の腕は、
家族の顔をめがけて「空手チョップ!!」と言いながらブンブン振り回しておられました。
ところが最後の血圧測定も終わり
「では、ありがとうございました!」
と声をかけると
「おい!握手しよう!」と振り回していた腕を差し出して、私の手を握ってくれたのです。
それまでの勢いはどこかへ消えとても優しい表情でした。
とここまでお話すると後遺症で大変な方なのだろうなと想像されるでしょう。
私も、その方のお顔を拝見するまでは、どんな顔をしながら暴言暴力をふるっているのかと怖々でした。
でも違っていたのです。
暴言暴力をしながらも、お顔はなんとも憎めない親しみやすい顔をしていらっしゃったのです。
その方は、確かに後遺症で高次脳機能障害となって、自分が何をしているのかさえ分からない状態になっています。
その人の脳は暴れて、暴言暴力をするように命令します。
でも、その人の高い意識の部分は、その人の本当の姿を顔の細胞に現してくれているのです。
人間を肉体だと思ってみると、その人の脳と心は同じだと思ってしまいます。
脳が思考することや命令することが、その人の心となっていると思っています。
しかし、脳は壊れてもその人の魂の純粋さは、その人の波動となって伝わってくるのです。
肉体は障害を持ってもその人の心(魂)まで障害を持ってしまうわけではないのです。
この方の魂は、肉体のレベルを越えて深い学びをしながら、周囲の方々に光を与えていらっしゃるのでしょう。
ほんの短い期間でしたけれど、この方との交流を通じて大きな学びをいただいた気がしました。
「苦しい、苦しい」と言い続けると心も「苦しくなる」
「貧乏、貧乏」と言い続けると心も「貧しくなる」
「忙しい、忙しい」と言い続けると心を「亡くす」
「病気だ、病気だ」と言い続けると心も「病になる」
「暇だ、暇だ」と言い続けると心も「怠ける」
「失敗だ、失敗だ」と言い続けると心も「挫ける」
「駄目だ、駄目だ」と言い続けると心も「卑屈になる」
「憎い、憎い」と言い続けると心も「醜くなる」
状況は単なる状況
ネガティブな言葉は「マントラ」となって心を蝕む・・・
何が起ころうとも心は健やかでありたいものです。
